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荷物
「またもぅ、しょーもないもんばっかり詰め込んで!」
母は容赦なく、関西空港の出発ロビーでトランクを広げた娘の頭にザクザクと浴びせる。父は関わりたくない見たくもない、といった嫌な表情で人目を気にし私たちから離れた場所にいた。もう6年程前、いよいよフィンランドへ渡航、という空港のチェックインで、20キロまで、という制限をはるかに越えた私の荷物。イカる母親に頭を下げて、お願いですからこれを後で送ってよこしてください、と安物のバッグに取り分けた私の「しょーもないもん」たちを彼女に託した。彼らとの別れを惜しむ余裕もなく、私は追い払われるようにそそくさと旅立った。




初めての一人暮らし。外国だ。
持って行けるのは20キロまでの荷物と私だけ。
大学での勉強に必要な重たい本類はもう船便で送ってしまっていた。最後に残された手荷物の選択肢の中に、悩んだあげく、私はRCサクセションの音楽CD「EPLP」も入れていた。
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RCサクセションのボーカル、忌野清志郎をテレビで初めて見たのは小学生の時だった。「い・け・な・いルージュマジック」を、教授、坂本龍一と一緒に演っていて、私はテレビに釘付けになってしまった。ショックだった。なんて気持ち悪いんだ。くねくねと動き回り、ジャンプしたりしながら、派手に塗られた化粧の、新種のいびつな昆虫みたいな人がテレビに映されている。実際に見たら、ショッカーの親分と思って泣いて逃げたに違いない。そして、シャウトしている人を見るのは、多分あれが初めてだった。

大好きだったチェッカーズが演奏する、軽くキャッチーな音楽の商業的な意図がなんとなく読め、何かに飢え始めていた中学生のころ、レコードのアナログ盤からCDへの移行期がやってきた。我が家でもCDラジカセを買うことになったのだが、さてかけるCDがない。どんな音楽を買うべきか。

その時に、数年の空白を飛び越えて、それが頭によみがえった。
少し考えていた。もしかして、もしかすると、あれは良かったんじゃないのか。

違うかもしれないけど、RC、とだけおぼろげに覚えていた名前を母に告げる。母は他の買い物と一緒に、数枚の音楽CDも買ってきた。RCサクセションの「EPLP」がそこにあった。

そこから、私は音楽に深く入り込んで行くことになる。

私よりも兄が、さらに深くRCの世界に身を浸した。あらゆるCDを聴き、雑誌を読みあさり、著書を買い、そのころ清志郎さんがMOJOクラブの三宅伸治とやっていたラジオ番組、「夜をぶっ飛ばせ!」も毎週聴いていた。RCを知らずに過ごした長い年月を埋めるように。とりつかれたように。好きになるということに遠慮はなかった。

兄は口数が少ない。何を考えているのか正直家族でさえもよくわからなかったのだけれど、彼の結婚式の時ともう一度だけ、彼が涙をぼろぼろ流しているのを見たことがある。テレビを見ると清志郎さんと矢野晃子さんが「世間知らず」を演っていて、兄の頬を沢山の涙が伝っている。「止まらへん」と言う。本人にもどうにもできない感情であるらしかった。

私は清志郎さんよりも、後に知ったストリート・スライダーズというバンドにのめりこんで行った。ヘッドフォンで聴くとよりクリアーになる、それぞれの楽器のメロディやリズム、それらが絡んで立体的になる楽曲。ライブで彼らの創り出す「間」がたまらなく好きで、彼らの、むき出しになった感覚を身体ごと音に預けるステージは麻薬のようで、私の意識をトリップさせた。家に誰もいない夜は、咎められることなく夜通し彼らの曲を聴けた。いくつもの夜をそんな風に過ごした。彼らのライブに、私は一人で行くようになっていた。

「夜って長いね」
「そう、そうやねん」

そのころ兄と交わした言葉だ。二人ともまだ高校生だった。
兄は清志郎さんの音楽に、何を見ていたんだろう。きっと沢山の同じような景色を発見していたと思うんだけど、私たちはそれを伝える共通の言葉を知らなかった。学校で誰かと音楽の話をしても、かみ合う人はいなかった。唯一、兄だけが、私と同じくらいの深さのところにいたように思えたんだけど。もっと言葉を知っていたら、あるいはあんなに寂しくはなかったかもしれない。



時は少し戻って、私が中学生のころ。事件が起こった。
当時のRCサクセションによる最新アルバムで、全曲洋楽のカバーによる「Covers」が、発売中止になった。所属の東芝EMIより発売されるはずだったのに、原子力発電に対する批判的な歌詞が問題とされ、一方的な措置がくだされた。そして、出演していたラジオ、FM東京の自分の番組でも曲を流すことを禁じられ、清志郎さんは激怒した。

ラジオでもかなりの迫力でまくしたてていたが、圧巻はフジテレビの「夜のヒットスタジオ」でのライブだった。確か1曲めは予定通りの曲が演奏されたと思う。その後、2曲目の曲名を示すテロップが出て、あれ?と思った。聞き覚えのない前奏が演奏され始める。

「FM東京」だった。放送禁止用語をふんだんに使い、「政治家の手先」と、こけにしまくった内容の、FM東京を罵る歌だった。「ふざけんなオラァ!」ジャカジャカジャカジャーン!・・・リハーサルとは全然違う問題の曲を演奏し終わったスタジオは騒然、古館一郎もうろたえ、次の日の新聞にこの顛末が小さく載った。

テレビの前の私と兄はあっけにとられた。
カッコいいとはこのことだ、と私は15歳の小さい胸に思ったものだ。

あのころ清志郎さんは外国人のミュージシャンとの交流が増えていて、色恋や当たり障りのない内容しか歌わない日本の、自分の状況を変えようとするターニングポイントにいたように思う。そして出そうとしたアルバムが発売中止。レコード会社、電気会社、政治家の圧力。

長いものに巻かれてしまえ。
他の大人は?父なら?母なら?私ならどうした?

絡まったしがらみや組織の汚さに、自分のやり方でケリをつける清志郎。
もっと知りたくなって、彼について読み始めた。
彼の強さが何なのかだんだんわかってきた。

貧乏を苦労と思わないこと。
それから、いわゆる大人が守ろうとするもの、組織や社会の中の自分の居場所を失うことを、恐ろしいことと思っていないこと。
眠るのも惜しんで何十時間も楽曲作りに没頭するほど、音楽が「好きである」ということ。
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清志郎さんは、私にとってはその後深く沈んでいく音楽の世界への入り口のような存在で、さらには、音楽の方向性がどうのというより、負けた時、つかえた時に握りしめるお守りみたいに私の中に存在している。


私はフィンランド人と結婚し、荷造りを何度も繰り返す。一緒に持っていく、大事な荷物について考える。失うのを恐れてガードを堅くするより、何も持たない方がいいと思ったり、守るもののない人生なんて味気ない、と思ったり。

清志郎さんやスライダーズに導かれて知ることになった世界は、私の考え方に大きく影響を与えたし、今もそれは変わらない。「EPLP」は、ラップランドの、北極圏に近い場所にある私の仕事場で今も鳴る。同じCDを聴き続けて、私は今33歳だ。記憶は自我を支える。記憶とともにある荷物は自分の一部だ。
by aikafeltworks | 2007-04-30 06:00 | 思索・散策
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