aikafelt.exblog.jp
孤独のすみか
孤独のすみか_b0091802_2421844.jpg
昼下がり、車を走らせてコテージに向った。道中、濡れたアスファルトが太陽の強い光線を照り返し、ドライバーの目を痛めた。コテージ付近で急に視界が利かなくなり、濃い霧に包まれる。聞こえるけれど見えない。以前読んだ本、さだまさし著「解夏」を思い出した。



孤独のすみか_b0091802_382346.jpgこの小説はベーチェット病という視力を徐々に失う病気にかかった男性が、失明するまでの道のりを描いている。

こんなくだりがある。
「かつて見えていたから言うんだが……つまりね、失明するってことはねぇ、明るいところから闇に突き落とされると思っていたんだ、だがねぇ、決してそういうわけじゃあないんですよ。ちょうどねぇ、そう……乳白色の霧の中にいる、と思えばよい」
「え?乳白色……なのですか?」
「そうなんだ。あのね高野さん、光が見えるから暗闇が見えるんだ。暗闇というものはねぇ、光が見えない者には存在しないものなんですよ」

「光が見えない者には暗闇は見えない……」
「そう私は失明して初めて知ったね。今までは自分は暗闇、という光を見ていたんだ、とね」
(さだまさし著 「解夏」幻冬舎文庫 より)


では、暗闇が見えれば光もまた見える ということか。

高校生の時、放課後の美術室でデッサンをしていて、美術の先生に「なんで物が見えるのかわかる?」と聞かれたがうまく答えられなかった。

「光があるからだよ」
「光がなければ光の粒子が物にあたって影や色として目に映ることはない。闇のなかでは物は見えない。」
「だけど物は存在している。デッサンではそれを表現しなければいけない。影を写すだけではいけない。手で触って、物の形を理解して、影を利用して、描かないといけない」と教えられた。

存在する物は光をあてれば見ることができる。触れば存在を確認できる。
存在するのに見えないものがある。
私の世界の大半をしめているそれは、もちろん感情だ。

「どうしてそんな外国の…寒い所に行くの?」
「寂しい思いをいっぱいするよ」

フィンランド北部、ロヴァニエミに留学を決めた私にこう言った人がいた。
「どこにいても寂しいのは同じだから、大丈夫」

こう答えたけれど、ちょっと違う。
『寂しい』のではなく、『孤独』のことを言いたかったのだった。
ここに来てしばらくは『寂しい』と思うことはなかった。
父や母や日本のことを、私の心はそう必要とはしなかった。
『寂しい』と思うのは、そう思う対象があってのことなのだ。誰かがいなくて、誰かと一緒にいたいのにいられない。だから『寂しい』のだ。

でも、『孤独』は違う。
それはすみかを必要としていて、巣食うもので、心の奥底の、地下室のような光のあたらない場所に存在している。『寂しい』という感情のように、一過性のものではなく、そこにすでに「ある」もののように思う。ずっと気がつかないで過ごすこともあるかもしれないけど、私は音楽を通じて、この地下室に電気をつけることになった。

音楽というのは、時間と空間、すなわちある経験を共有でき、他人と一体となる感覚を体感できるといわれる。でも私の場合は逆に、音楽は非常に個人的な世界のもので、その指向性は絶対に他人と共有できるものではないと感じてきた。からだの中に生まれ持つ固有のリズムやメロディがあり、またはそれが育てられ、それぞれのかたちで存在していて、それと共鳴する音楽が、その人の指向なのだと思う。でもどれ一つとして、他の人のものとぴったり重なりあうものではない。指紋と同じように。

音楽が私の価値観を定めた時期があり、それが全てのように、大きすぎる存在になっていた。私がその音楽にみる世界を、一緒にみてくれる誰かを探して、探してもいなくて、何年も過ぎるうちに、これはわかちあう性格のものではないのではないかと考え始めた。

気持ちを、感情を、心の風景を誰かと共有することなんて不可能なのだ。思いやることはできても、完全にわかるなんてことはない。でも『孤独』は喉をからからに渇かして、飢えている。共有することを渇望している。それが心に棲みついて、そこにいる。

満たされない渇望に絶望する。
若い頃にそんな自分の中の感情に明かりをつけ直視するのは、とても恐いことのように思う。自分の地上と地下が逆転するような、崩壊してしまうような不安に襲われる。だけどそういうものだと何となく理解し、あきらめをもって目をそらし、あまり考えないようにする習慣を覚えた。今もそうしている。

どこにいても『孤独』は私の中にいる。
深入りしなければ、直視しなければ、毎日の生活を送ることができる。

私は乳白色の世界にいるのだろうか。
暗闇をきちんと正視することができれば、光の本質もみることができるのだろうか。

孤独のすみか_b0091802_5115414.jpg


霧はやがて薄くなり、青空が広がり、夕暮れ時には空に虹がかかった。

人は心だけで存在するのではない。
肉体がある。
それが救ってくれる。
by aikafeltworks | 2006-10-16 05:24 | 思索・散策
<< 冬の訪れ オーロラ 秋の駐車場 >>



浦田愛香 フェルトワーク from Finland
by aikafeltworks
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
Aika Felt Works
私がつくっているもの
Co-design project
お知らせ・リポート・ショップ
物作りマネジメント勉強会
フィン語でムーミンを読もう
フィンランドで妊娠出産
思索・散策
Shop
Aika Felt Works Webshop

フィンランド在住のデザイナー、浦田愛香による手作りのフェルト製インテリア雑貨のお店。フィンランドからお手元に直接お届けします。

ニュースレターを購読する

Aika Felt Works Webshop coasters
Aika Felt Works Webshop cottagebag
Aika Felt Works Webshop snowflake necklace
Aika Felt Works Webshop osampo bag
Aika Felt Works Webshop slippers
Aika Felt Works Webshop folding bag
Aika Felt Works Webshop wine carrier bag


☆Aika Felt Works
商品取り扱い店☆

Comfort Q (阪急百貨店のインテリアショップ 大阪)

FIQ online
FIQ 名古屋店

北欧雑貨

Kirpputori
(東京五反田)

WEBO(神戸市中央区)

Artisaani (Helsinki, Finland)

OKRA (Helsinki, Finland)

momono (Helsinki, Finland)

Taito shop Pirkanmaa (Tampere, Finland)

mainoa DESIGN SHOP
(Rovaniemi, Finland)

KORUNDI museum shop
(Rovaniemi, Finland)

CityHotel Art and Design shop
(Rovaniemi, Finland)





Aika Felt Works on Facebook
Aika Felt Works on Twitter
最新の記事
新しいブログへ移行します
at 2013-09-05 20:59
Aika Felt Work..
at 2013-06-29 05:21
商品を製作中!送料無料キャン..
at 2013-06-17 16:40
家を自分で建てると決めた、あ..
at 2013-06-14 05:40
ユハヌス フィンランドの夏至祭
at 2013-06-14 05:39
Twitter
ライフログ
参考資料
その他のジャンル
記事ランキング
画像一覧